『私の生まれは・・・あら、この辺りはみゆきさんと一緒よね。じゃぁ、端折るわね。』
『ひろし・・・と言う名前に記憶があるわ。たぶん高校生の頃だと思うけど・・・あの頃
ねぇ・・・私が女に目覚めた頃だから・・・一杯居たセックスフレンドの一人かも知れない
わね。』
サラが悪戯っぽく笑う。
『先生も経験有るかも知れないけど、覚えたての頃は、そればっかり考えていたわ。男を
向かい入れる悦びというのかしら? 子宮に当たる感覚・・飛沫を浴びせられる感覚に身も
心も溺れたわ。だから色々な男を試したの。学校のベランダで、階段で、自宅の部屋、彼の
部屋、車の中、海岸、公園、マンションのエレベーターの中、やれるスペースと時間、人気
がなければどこでもしたわ。』
サラの目が妖しく光る。
『ある時オドオドした高校生に声を掛けられたわ。私と付き合いたいってね。その子は私
を処女だと思っていたみたいよ。中々手を繋がないし、半年してやっとかな? キスも晩生。
まぁ、それなりに新鮮だった。私の周りの男には居ないタイプだったから、普通の女子高生
を演じるのも楽しかったしね。平日は爛れた生活で土日が健全な交際。刺激的だったわよ。』
マサミは労せずひろしとの事を聞きだしていることに驚いたが、サラの積極的な協力にいつもの冷静さを忘れていた。
『その男の子はなんとこの私が、初めての女だったのよ。童貞って精神的には満たされる
けどどうもねぇ・・・肉体的には不満足ね。』
『ガツガツしているくせに、オドオドするのよ。おっかなびっくりに胸を触るし、マニュ
アルどおりにアソコを触って、焦って挿入してハイ、終わり。あはは、・・・そんな男の子
を騙すのは簡単よね。生理予定日に合わせて抱かせてあげて、痛がって見せればもう安心。
生理中は恐いからもう少し待って。と言えば良いのだもの。これでアリバイ工作終了ね。』
『後は抱かれる度に少しずつ、こちらの要求を織り込んで、・・あぁ、ソコ・・・もっと、
なんてね。』
『まぁ、自分で動かせるバイブ位なものね。そんな程度なのに、感激して結婚してくれだ
って。』
『あら、勿論よ。坊やのお願いでしょう。聞く振りだけはしないとね。』
『いやねぇ。酷い女ですって、先生に言われるなんて心外だわ。じゃぁ聞きますけど、原
始時代の女はどうしていたか知っている?太陽神信仰のあったアマテラスの神話は?卑弥
呼だってそうね。』
『すべて女が選んでいたのよ。男は女の影で生きていたの。土偶だってそうよ、女性の形
を模倣したモノは?女性が優先女性が主導権を握っていたから、出来たのよ。女が男に気を
許したから子孫が残ったの、卑弥呼には弟と評される男の影が常に居たわ。アマテラスも、
月読命が何時も傅いていた。』
『平安時代だって男が女の下へ通い、その夜だけの通い婚をずっと続けてきたわ。ひとり
の男に縛られることもなくね。』
『ふしだらなんて言わせないわよ。優秀な子孫を残すのには、良い種が必要でしょう。種
が優秀か不良品か、先生ならどこで見分けるつもりかしら。』
サラがまたしても悪戯っぽく笑う。
『セックスよ。セックス。私を感じさせてくれる牡が良いわ。何度も何度も昇り詰める、
そんなセックスをくれて、濃いザーメンを何度も何回でも注いでくれる相手の子が欲しいわ。
強い牡の。』
『男の子が欲しい時には、濃厚なセックスをして、膣の中にアルカリ性の粘液が分泌する
ようにすると良いと聞くわ。元来女の膣は酸性だから、そこを潜り抜けて子宮に到達する強
い精子があれば良いのだけど、精子は焼く24時間で死滅してしまう。そこで神様は巧く女
の体を作ったのね、女が本当に感じるとオマ○コの中でアルカリ性の液を出すのよ、そのお
陰で精子は子宮の中に辿り着いて卵子目掛けて殺到出来るの。』
『ふぅん。みゆきの子供は女の子2人なの?へ~、ひろしは弱い牡だったのかしら?』
マサミは口を挟まず黙ってサラの自己主張を聞いています。
確かに男の子を産み分ける方法と言うインターネットのサイトにはサラと同じ事を主張するモノが有ります。
でも、それが本当かどうかは、医学的に証明されていないとマサミは思っています。サンプルが偏っていれば、結果も違って来てしまいます。
サラの話は止まりません。
―数週間後―
ひろしは、マサミに呼び出され午後遅い時間に診察室に入った。
【先生・・・それで、妻は・・・】
『奥様は、解離性同一性障害だと思われます。』
カウンセリングの結果はその疑いを濃厚にしていた。
しかし、みゆきが具体的な行動を取った証拠は無く、あくまでも診察室の中だけの話であった。
『良いですか、ご主人。これはカウンセリングで聞き取りした内容を元に判断した事であって、本当に奥様が或いは交代人格が起こした実際の行動を記録したものでは有りません。もしかしたら、お話そのものを妄想しているだけかもしれないのです。その場合はまた別の人格障害の疑いが生じます。それゆえ診断は難しく、慎重に行わなくてはならないのです。』
マサミは断定を避け、ひろしの受ける衝撃を和らげようとした。
『みゆきさんにはサラと名乗る別人格が存在します。サラは・・・自由奔放な性格で自分の欲望を抑えることをしません。通常ですと別人格同士はお互いを認識しない事が多いのですが、サラは違います。サラはみゆきさんを認識し、ひとつの体に2人の人格が存在することを理解しています。』
『ただし、その理解はこの度の列車事故によって初めて認識したようです。』
『サラの年齢はみゆきさんと同じ。でも、結婚している事は否定しました。いいえ、サラは、自分はずっと独身であると主張しています。』
ひろしは只マサミの説明に聞き入るだけだった。
マサミはひろしに何事かを告げてTVのスイッチを入れた。
映し出されたのは、通常放送ではなく、ビデオ映像・・・この診察室だった。
診察室のリクライニングチェアーに横たわる一人の女性。・・・みゆきだ。
「あなた、お名前は?」
『サラ。・・・ねえ、ここは何処なの?』
「サラさんと言うのね、ここは病院です」
『・・・どうして私がここに居るのか?説明してくれる気は有る?ええと・・』
「マサミです。この病院で医師をしております。」
『マサミ先生ねぇ?』
画面の中のみゆきとマサミ先生の話しが続いている。
サラと名乗った姿形は紛れも無く妻だ。しかし、言葉遣いや、仕種に違和感を覚えた。
似ているが、みゆきでは無い?
『あなた、私の過去を聞きたいの? 何の為に?』
みゆきが質問していた。
マサミはサラを1人の人格と認めきちんと説明している。
『あなた正気なの? 私が彼女に取り代わって出て来る人格? バカバカしい、まるで三文小説見たい。』
サラは全然話を聞こうとしなかった。
しかし、思い当たることが有るのだろう。マサミに尋ねる。
『ねえ、そのみゆきと言う人格の方が交代人格では無いの?私が本物であちらが偽物と言う事よ。』
「残念ながら、サラさんあなたが後から出て来た人格なの。」
サラは何かを考えているようだ。俯いている。
『そうハッキリ言われると信用するしかないわね。・・・・で、もう一人の私・・みゆきの事を話して。』
『子供が3人? 女の子ばかり・・・そんなに大きい子が・・・』
サラは心底驚いたようだ。
『旦那の名前はひろし。高校生の頃から付合って、結婚出産。・・・・はぁ、私と正反対だわ。私は独身だし、子供も居ない。何より1人の男に身も心も捧げて満足するなんて信じられない。』
『ええそうよ。何人もの男に抱かれたわ。長く付き合った男は居ないし、一晩だけの行きずりの男でも良いの。私を満足させてくれる男ならね。』
『ふ~ん、みゆきが浮気? 年を取ってからの男狂いは始末に置けないわ。免疫が無いから色狂いするかもね。あはは、それとも私が出現してこのカラダを使っていた影響が、みゆきの体に残っていたのかなぁ?』
『良いわよ、私の体験を話してあげようか?』
サラの話が始まると、ビデオには再現ドラマが映し出された。
【そんなバカな!・・・みゆきと・・・高校生の時に初体験?・・バカな・・妻とは、結婚が決まってから結ばれた・・・あの時・・・ちゃんと証も・・・そんな・・。】
年齢退行催眠の初回の報告にひろしを呼び出したマサミは、意外な答えに愕然とした。
「そんな・・・相手はひろくんと、仰ったのですよ。ご主人の事ですよね。」
【確かにあの当時から子供が生まれるまでは、ひろくん、と、呼ばれていました。でも、結婚するまで・・幾ら求めても・・許してはもらえなかった・・・。】
マサミの顔が蒼白になる。自分の診断に重大なミスが有ったとしか言えないからだ。あの時、呼び名が「ひろくん」と言う事で、てっきりご主人に違いないと思い込んでしまい、きちんと聞き取りしなかったからだ。
【妻は・・・みゆきは・・・最初から俺を・・・騙していたのか?】
「ご主人・・結論を急ぐのは早計です。・・・記憶が錯綜したのかも知れません。もう少し深く、慎重に事を進めますから。」
【先生・・・疑惑が本当なのか?真相を知る為なら・・・】
「ご主人・・・ひろしさん。これからお話しすることはあくまでも可能性の段階です。決して診断の結果に基づいたものではありません。」
マサミが自分自身持ち得た疑問をひろしに告げ始めた。
本来なら家族に話す段階ではないが、大事故の後でもあり、ご主人の理解が得られないと今後の治療に障害が発生しかねないと言う理由を付けた上で話し始める。
「まだ、年齢退行睡眠を1度行ったばかりですし、私もみゆきさんの信頼を勝ち得ていると判断出来ない段階ですが、今私の中で有る1つの仮説が生まれています。その仮説に従うなら、ご主人が持たれている疑惑・・・その疑惑の原因を説明出来るかも知れません。しかし、あくまでも仮説です。間違いの可能性も大きいので、参考程度に聞いて下さい。」
マサミの説明は歯切れが悪い。ひろしはその歯切れの悪さを逆に信頼すべき内容だと思った。
「ここに、DMS―Ⅳと言う医学書が有ります。私が診断の時に利用する基準です。このマニュアル・・・・The Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders略してDMSと言うのですが、これはアメリカ精神医学会で定義している精神疾患の分類と診断のマニュアルです。Ⅳは改定された第4回目と言う意味です。」
マサミの説明が続く。
「1994年に改定されたDMS第4版、この最新版がDSM-Ⅳ―TR【2000年】です。これにも名称が改正されたものが載っています。例えばDissociative Identity Disorder・・・日本語に訳すと解離性同一性障害がそれですが、元の名称をMultiple Personality Disorder・・・・・多分ご存じだと思いますが・・・多重人格障害と言いました。」
【もしかして先生・・・みゆきは・・・その・・多重人格・・・だと?】
「そう言い切るだけの判断材料が有りませんので、今はただの仮説です。しかし、ご主人の話を伺って、退行睡眠の時のみゆきさんとご主人の話の中のみゆきさんを無理なく1人の人格に考えると導き出される答えがこれです。」
「あの催眠の時のみゆきさんは私から見ても、心底嬉しそうに見えました。」
マサミが言う。
【良く分からないのですが、小説や映画などのストーリーの中の多重人格者は、例えばジギル博士とハイド氏や超人ハルクなんて言うアメリカTVドラマでも薬物で人格や体形が変わる話が有りますよね。みゆきも何か薬物で?】
「解離とは・・・1人の人間が連続して持っているべき、記憶や意識や知覚が、上手く統一されていない状態の事を指します。」
「同一性とは・・・人は成長するに従って1つの確固たる人格とそれに対応した記憶がそれぞれ形成されるのですが、それは、時間・場所に関係なく変化しないのですが、自分のカラダ・記憶は自分だけのものであり、いつどこに居ようと変化しない。これを自我同一性と言うのですが・・・」
「薬物で引き起こされる事を精神疾患とは言いません。そして解離症状は女性の割合が高く、成人女性は成人男性に比べて3~9倍の頻度で診断されます。」
マサミの説明だと、解離症状が進むと別人格になりお互いの存在を認識せずに居ると言う事だった。
この症例は昔はアメリカだけの文化依存症候群等とみなされたこともあったようだが、今ではWHOのCD-10、DMSの国際版とも言うべきマニュアルにも記載されている。
【私には・・・いえ・・ネットで調べてみます。それから出来ましたら逐一治療の、その、あの・・・話した内容を教えて頂きたいのですが・・・】
「お辛い結果になるかもしれません。よした方が・・。」
【いえ、どうしても知りたいのです。】
「解りました」
やっぱり聞かない方が良いのか?ふと弱気になりましたが、先生には告げませんでした。
「みゆきさんの初恋はいつ?」
1つ2つ質問して答えを引き出した後は、必ず休憩を挟んで心を弛緩させる。心の弛緩は比喩だから正確な表現ではない。
10分ほど休憩しヒーリング音楽を聞かせた。
ゆったりとした表情が見て取れたと、確認してから再度催眠治療に入る。
『中学性の時です。』
「同級生ですか?」
普通の会話に近い遣り取り。ごく自然に話せるようになっていた。
『あの・・主人です。』
「まあ、素敵ですねみゆきさん。」
そろそろ、言い難いことを聞いて見ることにした。もう大丈夫だと思う。
「もしかして、みゆきさんの初体験は中学生の時かしら?」
『いいえ・・・・そんなことしません。』
「じゃあ、高校生の時?」
みゆきは口ごもり答えようとしない。
「恥ずかしい事じゃないわ。私も高校生の時ですよ。」
『・・・・・』
『・・・・・ハイ・・・』
数分の間をおいて小さな声で答えた。
「ご主人とね。そうでしょう?」
『ハイ・・・』
「初体験の相手と添い遂げるなんて、ステキな事だわ。みゆきさん幸せですね。」
『恥ずかしい・・・・ええ・・・』
ここらで1度ハッピーな思い出を追体験して貰おう。そうすればエッチな事を聞いても次から抵抗が少なくなる。
「羨ましいわみゆきさん。素敵な思い出をもう一度思い返してみましょうよ。さあ・・・・目を閉じて・・・呼吸を楽に・・・・そう・・・吐いて・・・吸ってぇ・・・大きく吐いて。そう、そうよ。・・・・吸って・・・ゆっくり呼吸しましょう。・・・勿論何時ものように体を前後に揺すり徐々にトランス状態へと導く。
囁くように耳元で呟く。
「あなたの一生に一度の大切な思い出ですよ。とても幸せで悦びに満ちた時間へと遡りましょうね。閉じた瞼の裏にハッキリと思い出が浮かんで来ましたね。・・・・・ひろしさんがあなたの前に居ます。・・・・見えますよね。」
みゆきが顔を赤らめ小さく頷く。
「嬉しい時間は恥ずかしい事では無いでしょう?とても素敵な思い出ですものね。ひろしさんが、みゆきさんの肩に手を置いています。・・・・その手がみゆきさんの胸に当てられています。」
『あぁぁ・・・恥ずかしい・・・ひろくん・・・ダメ・・・恥ずかしい。・・・』
『いやん・・・だめぇ・・オッパイ見ないでぇ・・恥ずかしい・・・』
『あん・・・あん・・・あん。・・・熱い・・・カラダが・・・あぁん。・・・ダメ・・舐めちゃいやぁ。あぅん・・あん・・・あん・・熱い、熱いのぉ・・・おかしくなっちゃう。あぁ・・あん・・・』
『ダメェ・・見ないでぇ・・・そこダメェ・・・恥ずかしいよぉ・・・あぁ・・ひろ・・くん・・あん・・好き・・ひろくん・・好き・・・あぁん。』
『あぁん・・・みゆきも・・・好き。・・・うん。・・・ひろくん。・・・オネガイ・・優しく・・・して。』
『はぁはぁはぁ・・・ああん・・・ダメだよぉ・・・そこ・・汚れているから・・あぁん。恥ずかしい・・恥ずかしい。・・』
『・・・やっぱり怖い・・・あぅん・・・はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・』
『うっ・・・くぅ・・・あぁ・・・つぅ・・・ううん。・・・だい・・じょう・・ぶ。』
みゆきの目から一筋の涙が頬を伝って流れる。 顔は赤いが、幸せそうな涙顔だ。
『・・あぁ・・ひろ・・・くん。・・・・ひろくん・・ひろくん・・うれしい・・ひろくん・・・あぁ・・あぅん・・・少し痛い。・・・お願い・・少しだけ・・このままじっとしていて・・・・』
『ひろ・・・くん、いいよ・・・動いても・・・いいよ。・・・うぅん。・・男の人は・・・我慢できないよね。・・・みゆきは・・・大丈夫だから。・・・あぁ・・あん・・あん・・あん。あぁ・・・』
みゆきの顔は幾分歪んでいた。呼吸も少し荒い。カラダが小刻みに揺れる。
『あぁん・・・ひろくん。・・・熱い、熱い・・・・あぁ・・激しすぎるぅ・・・壊れちゃう・・やさしく・・・もっと優しく・・・ね。』
『はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・ひろくん・・・アリガトウ・・・みゆき・・ひろくんの事、ダイスキ☆・・・何時かお嫁さんにしてね。』
みゆきさんを見ると疲れたのかスヤスヤと眠りに就いていた。
こんな幸せな顔で眠りに付いたみゆきさんが、不倫などするのだろうか?ご主人の疑心難儀が生んだ妄想では無いのだろうか?
マサミはもう少し時を進める事を改めて決心した。
「こんにちは、みゆきさん。今日は暖かくて日差しが気持ち良いですね。」
『ええ、マサミ先生。本当に気持ち良いお天気ですね。子供の頃を思い出しますわ。』
マサミは診察室でみゆきと他愛もない話をしていた。
明るい日差しが差し込む麗らかな日の午後。
例の部屋では無く、マサミの本来の仕事場、診察室である。
診察室は観葉植物に彩られ、部屋のスピーカーからはせせらぎの音が耳に心地よい程度のボリュームで流れている。
リクライニングシートは有るが、普通に背凭れは立てられている。
みゆきとマサミは午後のティータイムを愉しんでいる。
「診察室では飲食は禁止ですから、皆さんには内緒ですよ。」
そう言いながら、ティーポットから紅茶をカップに注ぎ、みゆきに手渡す。
『う~ん美味しい。』
マサミの淹れてくれたお茶は診察室と言う空間に居ることを忘れさせ、リラックスさせてくれた。
「子供の頃を思い出すとは?何か楽しい思い出ですか?」
さりげなくマサミが尋ねる。
『はい、幼稚園生の頃だったかしら?母と縁側で日向ぼっこをしていたの。とても穏やかでしたわ。』
みゆきの顔が綻ぶ。
「そう、良い思い出ですね。またあの頃に戻って見たいと思いませんか?私なら戻って見たいなぁ。」
『はい。とても懐かしくて・・・戻れるものなら戻りたいですね。』
みゆきの顔は輝いている。余程良い思い出なのだろう。
「じゃぁ、ちょっと目を瞑ってみましょうよ。瞼に浮かぶかもしれませんよ。」
マサミが重ねて言う。
みゆきは素直に目を瞑る。
「ゆっくり深呼吸をしてみましょう。・・・はい吸って~~吐いてぇ~」
みゆきに合わせてマサミも深呼吸をする。
マサミはみゆきの肩に左手を置いた。右手はみゆきの額に当てられる。
息を吸う時に軽く右手を後ろへ押す。左手はカラダを支えている。後ろに傾くと、みゆきのカラダに少し緊張が走る。
息を吐く時には反対に前へ傾けている。
深呼吸の度に前へ倒す角度が深まる。
何度も繰り返し深呼吸を行うと、みゆきの瞼が震えているのが見て取れた。
(よし!・・・軽いトランス状態に入ったわ。)
「楽しかった場面とか、うれしかった場面とか、そんな場面を思い浮かべていると、その場面が、まぶたの裏側に、実際に見えることがあります。それは、まぶたの裏側が、まるでスクリーンのように、あなたの頭の中に記憶された、映像を、映し出しているかのようです。」
みゆきに言い聞かせるようにマサミが喋る。
「今までにみゆきさんが、見たり聞いたり、感じたりしたもの全てが、あなたの頭の中には、記憶されています。あなたはその中から、見たいもの、聞きたいもの、感じたいものを、取り出すことができます。」
穏やかな話し振りは続く。
「それは、もしかすると、幼い頃遊んだ、公園の風景かもしれませんし、幼い頃いっしょに遊んだ、友達の声かもしれませんし、幼い頃遊んだ公園の、ブランコの揺れる感覚かもしれません。」
「あるいは、見たり聞いたり、感じたりしたもの全てを、まるでその場にいるように、もう一度体験することも、できるでしょう。」
「そう まるで 夢を見ている時のように。」
「夢の中の出来事は、本当にそれが、現実のものとして、感じられます。実際に、どこかの景色が見えて、人の声や鳥のさえずりが聞こえて、握った手の暖かさを、実際に感じたりすることが出来ます。」
「みゆきさんが夢を見ている時と同じように、あなたの無意識は、あなたが昔いた、時間と場所に、あなたを導いて、昔あなたが見たもの、聞いたもの、感じたりしたことを、本当にその場面にいるように、その時と同じように、体験をさせてくれます。」
「さあ、みゆきさんが子供の頃に体験した、楽しかったその場面に、行ってみましょうか。
そして、楽しかったその時、その場面で、あなたが何を見て、何を聞いて、何を感じたのか、
実際にその時の年齢になって、その時の体になって、その時の気持ちになって、もう一度体験してみましょう。」
「それでは、子供時代の楽しかったその時、その場面に、戻って行く為の 心の準備が出来たら、右手の人差し指を、動かしてみて下さい。」
「はい、それでは、時間と空間を超えて、ゆっくりと、子供時代の、楽しかったその場面に、行ってみましょう」
『おかあさん、あのね。きょうマミちゃんとね、ようちえんでおままごとしたの。』
みゆきはマサミの誘導・・・年齢退行催眠により3~5歳の幼児期に戻った様子だった。
(これで、道は開いたわ。後は少しずつ過去の体験を聞き出しましょう。でも、辛い事、悲しい事、嫌な事、知られたくない事、それらを話してくれるようになるまで先は長いわ。焦らずにやるのよ、マサミ。)
マサミは知らず知らずに緊張した体を、解すように両手を上げ、背伸びをした。
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