回想録 ~二人の玲子~ 5

  妙なことになったものだ。
 結局田中の希望を大幅に取り入れた契約になった。
 契約書には、
 『1、本契約において甲(私)は乙(玲子)と家事等の役務の提供に関する事項を定め、その定めた    事項について丙(田中)はそれを承認し、異議を挟めないものとする。』

 『2、甲は乙の提供した役務に関する報酬を、乙及び丙からの弁償金に充当するものとし、乙の役務   の提供期限は最大3年間最小1年間とする。』

 『3、乙は甲の求めることを極力叶えるよう努力しなければならない、但し、甲は乙に対し強制力を持   って要求したりさせたりしてはならない。』

 『4、丙は乙からの申し出が無い限り甲に対し異議を申し立てたり、対抗手段を講じてはならない。』

 『5、甲は丙の求めるところにより、乙の状況を報告しなければならない、但し乙がそれを拒んだ時   はこの限りではない。』

 大体こんなところだろうか、
 「田中さん、これで良いんですか?なんか、ご夫婦なのに乙と丙の関係が親会社と子会社見たいな関係で双方真に信頼しているように見えないのですが・・それと契約に齟齬が生じた時の事が無いのですが・・」
 「はい、これでだいたいOKなんですが・・・そうですね。罰則を決めておきましょう。」
 『6、甲がこの契約に違反した時は本契約は破棄され、弁済は終了するものとし、それまで乙により   提供された程度に応じ、報酬を支払わなければならないものとする。』

 『7、乙がこの契約に違反した時は本契約のうち役務の提供等について、契約期間を無期限に延期   させられることに同意し、併せて丙の庇護を離れるものとする。』

 『8、丙は甲と乙により交わされた役務の提供等に正当な理由無く又は乙の同意なく甲に対し異議   を申し立てた時は、契約違犯と見做し、乙による役務の提供は無期限に延長するものとする。以   後丙は甲乙双方に対し何の権利も有さないものとし、かつ、その時点において算出した弁済額    の全額を丙の責任において弁済するものとする。この場合、乙は丙とは無関係とする。』





回想録 ~二人の玲子~ 4

 「何をする!」
 思わず声に出してしまった。
 「申し訳ありません。・・・ですが、夫婦の事なので・・・」
 「それはそうでしょうが、そう言う事はそちらのご自宅でして下さい。私の家で女性に手を上げるのは遠慮して貰いたいですな。」
 私は田中が嫌いになった。
 女性に手を挙げた事ではない。私の自宅・・・私の領域で許可も無く勝手な振る舞いをしたこの男が嫌いになった。
 「失礼しました。」
 田中は悪びれた様子も無く、図々しい態度で更に言葉を繋ぐ。
 「先生、うちの玲子が勢いで言ったことは無かった事にして下さい。冷静な判断も出来ない状態で返事した事です。弁償について今改めて相談致します、どうかお願いします。」
 玲子の様子を横目で確認する。
 頬には手のひらの跡がクッキリと浮かび、目に涙を浮かべてじっと亭主のほうを見ている。
 その横顔が無き妻の姿にだぶる。
 ふと、思いついた。
 彼女をこれ以上の暴力から救い、私も得する方法で田中にやきもきさせる材料となること・・・
 「わかった、判った。分割にしてやろう。」
 田中はしてやったりという顔つきで私を見た。
 嫌な目つきだ、小ずるい感じが目に表れている、こちらが譲歩すればするほどふみこんで来ようとする目付きだ。
 「但し、それでは私が損してばかりだ。分割にする見返りに奥さんを家政婦としてここへ通わせて貰おう。」
 「え?」
 『え?』
 二人同時に声を挙げた。
 「ご覧のとおり、私は1人暮らしだ。ここ10年外食ばかりだから、家庭料理に餓えている。掃除しかり洗濯もハウスキーパーを雇っていた。それだと金も掛かる、なんせ月に20万円以上だ。それを奥さんの報酬と計算すれば大体1年半で5百万円分3年で1千万円分という計算になる。どうかね、田中さん?それで弁償は終わる。現金で返済なら半額は1週間以内、残りの半分は1年以内の返済で手を打とう。」
 私は思いっきり突き放した口調で提案した。
 すぐに田中は頭の中で計算しているらしい、ちらちらと自分の妻を見ながら考え事に没頭している。
 やがて計算が出来たらしい。顔を上げた。
 「判りました。では、妻を通わせます。」
 『あなた!』
 「俺がそう決めた、自分で蒔いた種だろう、自分で刈り取れるんだ、先生に感謝して勤めるんだ。」
 『・・・・はい。』
 「それで先生、時間は何時から何時までで、週何回?土日の場合は・・・時間外は?3年から少し縮まりませんか?」
 どこまでも計算高い奴だと思いながら、
 「そうだね。土日出勤は倍額分、残業時間分は5割り増しでどうかな?」
 なにやら会社の労使交渉みたいだ・・・
 「う~ん、土日はそれで結構ですが、祭日は3倍増し、10時以降の深夜勤務が有る場合は8割り増しでお願いします。」
 労使交渉に乗ってやるか・・・
 「8割り増しはでかい7割に負けてくれ。その代わり、宿泊の伴う夜勤になったら2倍にする。」
 宿泊と聞いて田中が嫌な顔を見せたが、
 「なかなか先生も交渉がお上手だ。仕方ない手を打ちましょう。」
 「おいおい、本当に宿泊させるつもりかい?私は冗談のつもりで話したんだが・・・」
 「いいえ先生こういうことは契約書にきちんと書いておかなければ、私達が不利になりますから・・」

 そんなこんなで1時間後には契約書なるものが出来上がっていた。
 「それじゃあ先生、ここにサインを。玲子お前もだ。」
 「これでよし、じゃあ原本は先生が、写しは私が保管します。・・・これで契約成立ですね。」


回想録 ~二人の玲子~ 3

 3月23日(日)

 玄関でチャイムが鳴っている。
 あの日以来尋ねる人も少なくなった我が家。
 人と合う時は仕事場以外は断っている。新聞の勧誘も郵便さえ拒否した。
 チャイムが鳴る事さえ忘却していた。
 しぶしぶ起き上がり玄関を開けるとそこには男性と一緒に昨日の女性が立っていた。

 「で、ご用向きは?」
 男性は田中と名乗った。昨日の女性は玲子・・・27歳だそうだ。
 「申し訳ありません。昨日こいつから事情を聞きまして・・・お詫びに伺いました。それと・・・」
 言いにくそうにしているので、先を促した。
 「それと・・なんでしょう?」
 突然男は土下座をし床に頭を付けんばかりに低頭した。
 「先生、お願いがあります。こちらが全面的に悪いことは重々承知の上で、弁償について・・・すべて分割でお願いできないでしょうか?・・・こいつが、半額はすぐに・・残りは分割で・・・とお願いしたようですが、私に相談も無く勝手に決めたことで・・」
 言いかけていた男は玲子を見るといきなり頬を引っ叩いた。
 ビシッ・・・平手打ちにしては重い打撃音。頬を打たれた玲子はバランスを崩し、ソファーからずり落ちた。


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回想録 ~二人の玲子~ 2

 3月22日(土)

 自宅で昼までゴロゴロして過ごした。
 独り身の気軽さ・・・死別してから規則正しい生活とは無縁になってしまった。40歳を過ぎてからの独りは応える。
 原因は・・・子供の死・・・
 不注意で子供を死なせてしまったと思い込んだ妻は、私が幾ら妻に「君のせいじゃない。」と訴えても、自分を責め続けた。
 最愛の娘を失い、悲しみに暮れる日々に耐え切れず自殺未遂を起こす。
 『ごめんなさい。ごめんなさい、美穂・・・あなた・・・ご免なさい。・・・私が・・あの時私が居たら・・美穂は・・・』
 「何度も言ったろう、君のせいじゃない、・・・美穂は・・・あの子は幼くして天に召される運命だったんだ。・・・悲しむより・・・二人の間に生まれてきてくれて・・数年・・一緒に居てくれたんだ、・・・私たちを幸せな気持ちにさせてくれたことに感謝して・・いつか、また美穂と3人で暮らすことを心の支えにして・・・残りの人生を・・二人で生きて行こう・・・馬鹿なことは考えるな・・・」
 精一杯、投げかけた積もりだった。
 でも、妻には届かなかった。
 【ご免なさいあなた。あなたの気持ちは嬉しいです。でも、美穂が・・・美穂が寂しがっている。・・・ごめんなさい、あなた。・・・先に美穂のところで待っています。・・・あなた・・ずっと幸せでした。・・・あなたと一緒になって・・・美穂を授かって・・・幸せでした。・・・でも、でもあの子の居ない世は私には耐えられません。・・・あなたが仰った・・・・いつかまた3人で暮らそうという言葉を頼りに・・・先に逝きます。
 あなた・・・愛しています。・・・さよならは言いません。・・・行ってきます。・・・待っています。・・・例えあなたがこの先誰と再婚しても・・・私はあなたの妻です。・・・ごめんなさい、こんな弱い私を許して。・・・あなたと別れたくない・・・あなたの再婚もいやっ・・・ああっ、身勝手な私を許して・・・愛しています・・・愛してます・・・】
 遺書はそこで途切れていた。
 10年たってもあの日の事を悔やむ。
 妻に掛けた言葉・・・余計なひと言・・・




回想録 ~二人の玲子~

 『もしもし・・・はい。・・・いいえ、違います。ええ、そうです。』
 私の電話に出た玲子のそっけない返事に、近くに玲子の旦那の姿が見えるようだった。
 「旦那が近くにいるのか?」
 『はい。』
 「明日昼2時に待つ、良いね?」
 『・・・・はい、判りました。』
 少しの躊躇いの後で玲子は承諾の返事をした。


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動機:gooで削除されたので。
一応フィクションとしてますが、ナイショ
写真は・・・・いけないんだぁ

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