朝は嫌い。
夕べのお酒が抜け切らないから?ううん、もぬけの殻のシーツが冷たいから。
週末は嫌い。
引き篭もりになっちゃうから。
月曜日の朝、出勤前の儀式。
近所の公園をお散歩する。決まって5時10分。いつものようにいつもの挨拶を交わす。
5時30分耐え切れないほどの温水、縮こまるほどの冷水。
わたしは漸く目が覚める。
セットしておいたコーヒーサーバーから鼻腔を擽る香り。
トースターから香ばしい香り。
判で押したような毎日。
鏡台の上の魔法のコスメ達・・シンデレラの魔法を今朝もわたしに掛けてくれる。
6時50分、慌てて鍵を閉める。
7時35分いつものホーム、前から3両目定位置。
8時20分、認証システム通過・・・
わたし、詩織。佐倉詩織27歳独身OL。
更衣室が賑やかになる。8時40分。先輩達の出社。
わたしは今日の仕事場所を探す。狙いは窓際の席。あった!ラッキー!
私の会社は決まった部署・・机がない。ノーパソと携帯があれば全ての仕事が進む。
隣同士がまったく知らない仕事をこなしている。
希薄な人間関係・・昔のオフィスの飲み会・・今なら忘年会?・・そんな無駄な事まったくない・誘いが来てもノーサンキュー!
そこが良くて転職した。
前は・・お堅い国家公務員、今は某キャリア。
同じキャリアでも大違い。前例、善処、検討、前向き、な言い訳。歓送迎会、花見、暑気払い、忘年会、新年会。
おじさん達のアイドル・・・酒のお酌係。コピー係、ていの良い家政婦か?わたしは・・
ゴリ押しの議員、そこでだけ低姿勢の社長・会長、変らない国会答弁書、タクシー券の乱舞、若造たちへの接待攻勢。
そんな世界に未練はない。わたしはもっと、やり甲斐のある仕事がしたいの。飛び出したのが2年前。
今は・・・私は子供だった。
男社会の壁・・・もがき疲れ、月曜の朝が嫌い。週末の朝はもっと嫌い。
ぼんやり考えていると、目が追っている。
今朝のこの場所は、特等席。
深夜12時を過ぎると消えてなくなる人。
あーあ、どうしてこんな女になったんだろう?
プリムラ・・花言葉は「永続する愛情」・・只のあだ名。苗字が佐倉「サクラ」だから付けられた。サクラソウ、英名はプリムローズ。他にもある花言葉『富貴、神秘な心、運命を開く、可憐、うぬぼれ』
メアドも『primrose』
そう・・2年前うぬぼれていた。
元国家公務員上級職・・キャリア組・・・元ミスキャンパス。元読者モデル。
絵に描いたような人生・・それが・・
特等席から見る。廻りはラフな格好の若者と、きちんとしたブランドの背広・・そこだけ違和感のある服装。ベージュ色の作業服・・
私の目が追うのは、作業服。
年の頃50かしら?・・大方4年前にリストラされての再就職。子供二人。
多分奥さんとは学生時代から付き合い結婚。子供は両親の手を離れる年代、でも、ニートが一人。
昼食は愛妻弁当、公園のベンチがテーブル。
目尻に刻まれた皺、モミアゲに白い物。無骨な指、年の割にはスマートなお腹。パンツはトランクス派、薄い拗ね毛。下唇が厚い。細く冷たい眼差し。
どこから見ても中年男性、負け組、冴えない風貌、暖かい志。
ジィーと見ていたら目が合う。唇の端が幾分持ち上がる。
わたしは、誰にも見られないように舌で唇を舐めた。
照れたように顔を背ける・・オジサン。
4年前新卒のキャリア組として、中央官庁を颯爽と歩いていたわたし。
ある日、食べ損ねた昼食の変わりにマックをほおばっていた。
マックもピクルスが啼ければ美味しいのに。そう毒づくわたしの隣でクスッと笑う、失礼なオジサンがいた。
背広姿でお弁当を食べていたオジサン。中身を覘くと美味しそうなキンピラゴボウが見えた。
視線に気が付いたオジサンがわたしに勧めてくれる。
故郷のお母さんの味に似ていて美味しかった。
オジサンは、食事が終わると、トボトボ公園を奥へと歩いて行く。
翌日、栄養ドリンクを片手にオジサンを探す。
昨日と同じ場所、栄養ドリンクを差し出す。ビックリ眼のオジサン。
こうして、昼食仲間が出来た。
『本当、困るのよネェ・・』
わたしが吐いた愚痴。
『それは、現場を知らない、あなた達の論理だね。机の上で仕事が出来る。あなた達はお目出たい人種なんだね。』
何時になく辛らつなオジサン。
翌日からオジサンはわたしの相談役になった。
経済、福祉、都市計画、教育、あらゆることが議論の対象になった。
恋に破れたのもその時期。
オジサンは、私が抱きついて泣くと、困った顔で遠慮がちに頭を撫でてくれた。
故郷の父、小さい頃に亡くなった父の匂いがした。
お昼を過ぎるとオジサンは公園の奥に消える、わたしは今日探偵になった。
トボトボ背中を丸め歩いて行くオジサン。
公園の奥のブランコ・・今時ベタなシュチエーション。
ポコなら、『やっちまったな、オジサン』と声を上げるだろう。
ブランコを揺らすオジサン。刻み込まれた皺が伸びたり縮んだり。
地面に写る影も伸びたり縮んだり、そしてその影が二つになった。
交互に揺れるわたしとオジサン。
オジサンは何も言わない。わたしも尋ねない。
わたしは小学生のようにブランコから飛んだ。
慌てたオジサンが駆け寄り抱きかかえる。
ポツリ、ポツリ、離し始めるオジサン。働き盛りの40代、妻子有り。持ち家、東京郊外、元・・・それはどうでもいい。
リストラされたことを奥様に言えず、愛妻弁当を持って毎日就職先を探しに来る。
探偵の報告書にはあらかた記録された。
オジサンははにかみながら家路に付いた。
さっきより、後姿が切ない。
想像の中の父の姿がダブる。
その夜、赤坂の料亭にわたしは居た。某陣笠代議士と通産官僚、大蔵官僚、建設官僚のトリオ。
脂ぎった、赤ら顔。お酌の要求が段々酷くなる。
イヤらしい顔、オジサンと対比する。こいつらの下半身には人格がない。
芸妓のお姉さん達も持て余している。狡猾な瞳に怖気を震う。
逃げるように料亭を出る。・・・陣笠代議士が近寄ってくる。無視も出来ずに適当にあしらう。
突然腕を掴まれる。
『何をするんですか?』睨みつける。
陣笠は意に介さず、わたしを力任せに引っ張る。
頬を叩いた。走り出す。
私設秘書が追いかけて来る。路地に逃げ込む。出口に別の秘書が立ちはだかっている。
法治国家のこの国で、政府の役人のわたしが路上で襲われているのに、道行く人は知らぬ振りをする。
更に細い路地へ、いつの間にかピンクゾーンに入り込んでしまっていた。
相変わらず、後ろから陣笠と秘書、新たに前の方に官僚トリオ。
これがこの国の実態なのか。わたしは絶望に襲われ思わず立ち竦む。
不意に横手から掌が口を覆う。悲鳴を上げる暇もなかった。
「シィー!」
え?だれ?・・・オジサン?
まずい。あいつらに気付かれているわ。
辺りを見廻す。毒々しいネオン・・今はここしかない。
わたしはオジサンの手を引いた。隠れる場所は此処しかない。一人では不審がられる場所。
さっきから、オジサンが困った顔をわたしに見せる。
部屋に入った時から、落ち着かない様子。キョロキョロ部屋の中を見ている。
オジサン・・ラブホ、入った事ないの?・・聞こうとしたが聞かなくても判る。
あ、だめ!そのボタンは・・。
ベッドに腰掛けていたオジサンが転げた。
ウォーターベットのフワフワ感に驚いた様子、しかも回転ボタンまで。
慌てて、枕の上の固定部分に掴まる。オジサンがビックリして手を振り払う。
宙を飛んだそれは、3個綴りのアレ。・・そんなに驚かなくても・・
顔を真っ赤にして俯いちゃった。
オジサン初心なのね。なんだか可愛い。
「こ、こんな所早く出ようよ。」
『ダメ。あいつら、まだ探している。このまま朝までお願い。』
小首を傾げて上目遣いでオジサンを見上げる。
オジサンはそっとベッドから離れ、玄関近くに腰を降ろす。
気を使ってくれているのは判るけど、それじゃ、わたしが何かオジサンにするみたいに思われてるの?
あ~走ったせいで汗かいたなぁ。
『オジサン。お風呂先に入ってくるね。』
はじめまして匿名様ぁ。<PageTop
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